観る将さんは語りたい

すっかり観る将になってしまった、元指す将の将棋観戦記録です

第 82 期順位戦総括

第 82 期順位戦総括

先日、82 期順位戦が終わったので、昨年同様に総括を書きたいと思う

A 級

A 級は前の記事で書いたように誰が挑戦者になって、誰が落ちるのか分からない状況で最終戦を迎えたが、最終的に豊島将之九段が挑戦者に名乗りを挙げた。斎藤慎八段と広瀬九段以外に勝利しての挑戦なので、文句なしと言える。

現状、藤井聡太八冠をタイトル戦でフルセット戦った経験があるのは豊島九段だけなので、今度の名人戦ではどのような戦いになるのか非常に楽しみである。藤井八冠は恐ろしい速度で成長中なので、豊島九段がどう抗うかというのが注目ポイントになる。ここ最近の将棋を見る限り、豊島九段なりに色々とフォームチェンジをしている。序中盤は、AI 研究によりほぼ同列に戦えるようになってきた。そうなると、中盤から終盤に掛けてどれだけ研究するかという形になっていて、ここでリードを取る戦略を多くのプロ棋士が取っている。研究勝負のぶつけ合いはここ三十年では当たり前の戦い方になってきたが、その深さが年々深まっている。現状、一番深く潜っているのが藤井八冠か永瀬九段だが、豊島九段も密かに潜っているに違いない。それが名人戦で公開されると思うので、豊島九段の懐刀がどこまで藤井八冠に突き刺さるのか楽しみにしている。

一方降級になったのは、斎藤慎八段広瀬九段。二人共近年の名人挑戦者だっただけに、リーグが始まった時には全く想像していなかった。しかし、今期の A 級順位戦は大混戦だった。実力者の二人も黒星を重ね、最終局も勝てなかった。誰も文句のない成績といった所か。二人共タイトル経験者なので、B1 に落ちたとしてもまた戻ってくると思う。

B 級 1 組

B 級 1 組は千田八段増田八段が 九勝三敗という好成績で昇級を決めた。

千田八段は意外だなというのが僕自身の正直な感想である。先日結婚したこともあり、そのパワーも後押しする結果になったか。千田八段が A 級で通用するかどうかという疑問に関しては YES と応える事が出来る。今いる A 級メンバーの中で、千田八段の棋力が劣っているとは思っていない。きっと、A 級でも暴れてくれるだろう。

もう一人の昇級者増田八段は、まっすーの愛称で将棋ファンたちからも愛されている棋士の一人だ。かの森下九段の弟子であり、過激な発言からデビュー当時から注目されていた。その才能は折り紙付き。A 級八段はいつなってもおかしくなかった棋士だ。B 級 2 組からの連続昇級、B 級 1 組一期抜けは流石と言える。実力的に A 級をかき回してくれるに違いない。

一方の降級対象は、屋敷九段木村九段横山七段の三人。木村九段は出戻り、横山七段も三期滞在からの降級で、悔しい思いをしているに違いない。そして、実力者屋敷九段の降級も寂しさを感じさせる。

ちなみに、今期の B1 は五勝七敗が三人いて、順位差で降級対象になったという感じだ。順位戦は蓄積系のランキング戦なので、前年、前々年の成績がボディーブローのように効いてくる。ポスト羽生世代も、徐々に落ち始めていて、時代が動いているのを感じられる。今期踏ん張ったが、山崎八段、三浦九段もそろそろ B1 が怪しくなってきたか。来期の残留争いも見ものである。

B 級 2 組

B 級 2 組からは、大石七段高見七段石井六段の三人が昇級する事になった。この三人の中だと、高見七段が叡王を持っていた事もあり、頭一つ抜けている印象がある。大石七段も石井六段もいわゆる地味強棋士なので、B1 に上がる実力は十分にあったと言える。ただ、この二人がいきなり A 級に上がれるとは思っていない。何期か B1 で揉まれて上がる、そんなイメージがある。一方のたかみー事高見七段は、一期抜けを期待出来る才能を感じている。研究勝負よりも、地力勝負に強いと僕は分析している。出たとこ勝負感が強いが、きっと B1 でも爪痕を残してくれると期待している。

一方、今期は大量降級が生まれ、阿部九段中村修九段畠山鎮八段飯島八段井上九段の五人が降級する事になった。いぶし銀の棋士が落ちていくという感じで、B 級 2 組もだんだんと顔ぶれが変わっている。来期以降また羽生世代やポスト羽生世代がこの B 級 2 組に増えていく、そんなイメージがある。

余談ではあるのだが、今回青島六段が頭ハネを食らっており、非常に惜しかった。そして、谷川九段がまさかの次点の次点という事で、今期はかなり好成績だった。勝ち星をもう一つ積み上げることが出来たら昇級の可能性もあっただけに、流石の永世名人という感じだ。深浦九段も同成績だが、最後の二連敗が色々と響いた。ベテランの二人が大健闘した、そういう期だったと言える。

C 級 1 組

C 級 1 組は事前予想通り、服部六段古賀六段伊藤匠七段がそれぞれ昇級した。 服部六段は傷なしの昇級という事で、文句なしの好成績を収めている。今が一番成長している時で、来期も B 級 2 組で好成績を期待する事が出来る。そして、古賀六段も九勝一敗という素晴らしい成績で昇級を決めた。三段リーグの次点二回からフリークラス →C 級 2 組 →C 級 1 組 →B 級 2 組という昇級成績は前人未到。素晴らしい記録であり、三段リーグからの別昇級ルートの開拓者という感じだ。この勢いを保ったまま、昇級して欲しいというのが正直な所。今の所、他の棋戦では中々良い記録を残せていないが、今回の昇級を糧にして、頑張って欲しい。

そして、序盤早々に二敗をした伊藤匠七段で、今期昇級は難しいと思われていたが、蓋を開けてみれば、最後は順位差で勝ち上がるという形になった。やっぱり、伊藤匠七段は実力もあるが、勝ち上がれる星を持っていると言える。都成七段を頭ハネしての昇級は、昨年頭ハネを食らった身としては色々と感じるものがあるだろう。 すでに、タイトル挑戦を二回行っていて、藤井八冠がいなければ、間違いなく次世代のエースとなっていたに違いない棋士である。来期の B 級 2 組の一期抜けの可能性が非常に高い棋士である。来期も伊藤匠七段の活躍を楽しみにしている。

C 級 1 組からの降級は高橋九段日浦八段。高橋九段は最近段々と勝てなくなっていて、これが衰えか……という感じだ。タイトル経験者であり、今期も三枚堂七段に一発入れているので、ワンチャンスあればまだまだ戦える。最も、長期間好調を維持するのは難しくなっているのだろう……。

一方の日浦八段は羽生キラーと呼ばれていた時代が懐かしい。彼も一癖も二癖もある棋士だが、成績はそこまでふるわなくなった。魔界と化している C 級 2 組ではきっと厳しい戦いを強いられるだろう。

C 級 2 組

C 級 2 組は、当初の予想通り富田五段高田五段藤本五段が昇級する事になった。四段全員が昇級というのは中々珍しい記録の一つだと言える。それだけ、新人四段が強いということの証左と言える。この三人のうち、一番注目されているのは藤本渚五段だろう。今期の高勝率は素晴らしい記録で、下手したら中原名人の記録を越えそうになっていたので、今後も注目される棋士になったと言える。ちなみに、藤本五段の棋風はいわゆる「老獪な将棋」で、非常に昭和の将棋の匂いが漂っている。一番若手が老獪とかどういう事なんだよ思うのだが、いわゆる AI 将棋のラーニングにより、若くても重厚な将棋を指せるようになっているのかもしれない。高田五段も藤井聡太八冠と同い年という事で、彼も将来藤井世代を形成する棋士になるかもしれない。いや、流石にそれは期待しすぎだろうか。

一方降級になったのは竹内五段、長沼八段、青野九段の三人。竹内五段は体調不良による成績不振なので、まずは体調を取り戻してまた順位戦に戻ってきて欲しい。長沼八段は年齢的にそろそろ……という感じだったが、ついに降級。C1 に上がってそこを突き抜けられなかったのは、本人としても思うところがあるだろう。青野九段は自分が将棋にのめり込み始めた時に A 級だった先生なだけに、C 級 2 組降級に伴う引退には本当に寂しさを感じる。青野流という横歩取りを終わらせた戦法を確立させた記録もあり、将棋史に残る先生である事は間違いない。青野先生、本当にお疲れ様でした。

三段リーグ

地獄の三段リーグを駆け抜けたのは、山川泰熙新四段と高橋佑二郎新四段の二人。二十五歳と二十四歳という高年齢から、二人共苦労人にである事が伺いしれる。やはり、この年齢前後は層が厚いと改めて感じさせる。 期待の高かった山下数毅三段は十一勝七敗という事で、あまり振るわなかった。あと、個人的に応援している齊藤優希三段は前半二勝六敗という出だしで終わったかと思いきや、最後は勝ち星を積み上げ、十一勝七敗という記録を残し、勝ち越しを決めた。精神力はもちろん、棋力が凄い。来期こそは、齋藤三段には上がって欲しいと思っている。 三段リーグを勝ち上がっても、魔界と化している C 級 2 組は大変だと思うが……。

来期の見どころ

という事で、82 期順位戦を振り返ってみると、実力者が這い上がるという構造はそのままに、より顕著になったという印象だ。逆に降級する人たちは意外な顔ぶれが多かったという印象。順位戦は過酷になっているが、特に C 級 2 組に実力者がたまり続けるという状況がここ十年続いていて、魔界と化している。そのため、来期の C 級 2 組は全く予想が出来なくなっている。実力者同士でのつぶしあいが常態化していて、組み合わせ次第という感じになっている。今年も十月になるまでは、予想すら出来ない戦いになるだろう。

それ以外に関しては、連続昇級者に注目できるだろうか。C 級 2 組から上がった高田五段、藤本五段。C 級 1 組から上がった服部六段、古賀六段、伊藤匠七段。B 級 2 組から上がった高見七段。この辺が連続昇級を期待出来る才能の持ち主だと勝手に考えている。彼らの活躍にぜひ注目して欲しい。

その前に、四月から行われる藤井聡太名人対豊島将之九段の名人戦も非常に楽しみである。絶対王者である藤井名人に豊島九段がどう戦うかは注目したい。居飛車 VS 居飛車に加え、居飛車 VS 振り飛車の戦いも期待出来る。きっと、見ている人たちを楽しませる将棋が指されるに違いない。死闘になるか、蹂躙になるか。観る将さんは名人を楽しみにしています。