観る将さんは語りたい

すっかり観る将になってしまった、元指す将の将棋観戦記録です

村田システムから紐解く、令和の居飛車事情

村田システムから紐解く、令和の居飛車事情

先日、第 71 期王座戦の挑戦者決定トーナメントにて、村田顕弘六段と、藤井聡太七冠の対戦が行われた。 村田六段は、村田システムというシステムで戦うと宣言して戦いに臨み、最後の最後まで完璧に藤井七冠を追い詰めていたが、最後に毒饅頭*1を食べさられて、大逆転負けをしてしまった。

しかしながら、藤井七冠相手にほぼ完璧に近い優勢を維持していただけに、システムの優秀さは証明されと思う

村田システムの骨子

村田システムの紹介はこの記事が参考になると思う。 奇襲戦法が好きな人、あるいは将棋ウォーズで散々目にかけて嫌になってる人はすぐに嬉野流の形に近いなという印象を受けるだろう。

実際、嬉野流をさらに昇華させた戦法だと思う。 ポイントは、角道を中々開けないという所で、これにより居飛車三大戦法の

を全て拒否して、相掛かりに持ち込む事が出来る。 相掛かりは、ここ数年のトレンドだが、評価値ディストピアの影響もあり、他の戦法が指されにくくなってきたというのが実情だろう。

矢倉

矢倉に関しては、ぼちぼち指されているが、積極的に採用される事はほぼ無くなってきた。 羽生先生の名著、「変わりゆく現代将棋」において既に先手矢倉の危機に関してはかなり語られていて、数年後には後手急戦(僕は米長急戦の変形と見ている)によって、先手矢倉苦しいという状況に追い込まれた。

森下システム、脇システムなど色々な矢倉の戦法が出てきて、矢倉に組めれば先手有利という結論が出てからは、じゃあ、矢倉に組ませなきゃ良いじゃんという発想で、先手矢倉は組めないという状況になった。 したがって、先手版で積極的に矢倉を指す棋士は減っていった、というのが現状である。

角換わり

矢倉に代わってめちゃくちゃ指されていたのが、角換わり。今でも指されているが、後手側がどうも苦しいという結論に至りつつある。 今年のコンピュータ選手権でも角換わりがほぼ指されなくなったように、角換わりに関しては後手不利が濃厚になってきた。 もちろん、アマチュア同士の対戦ならば、まだまだどちらも同じくらいの差し回しになるが、トッププロや、それより上の世界では後手側を持って勝つのは相当辛いというのが実情のようだ。 したがって、後手番で角換わりを選択する棋士は今後も減っていくだろう。

一手損角換わりという亜種も、一時期流行っていたが、速攻棒銀で潰されるという結論が出てからは、ほぼ誰も指さなくなった。 羽生-丸山戦の記録が懐かしい。このブログでもその将棋について書いた事がある。

いずれにせよ、角換わりに関しては人気急下落中の将棋である。 後手番持って指す人はよっぽど研究しているのだろう。それくらい、後手番にとって辛い戦法になってしまった。

横歩取り

横歩取りは、横歩取り青野流の登場により、どうやら先手有利という結論が出つつある。 もちろん、それ以外の変化も色々あるので、まだ開拓しきっていない分野の将棋だと思うのだが、横歩取りも後手番にとっては辛い戦法になっているので、指す人があんまりいない戦法になってしまった

相掛かり

こうして、ついに居飛車党は相掛かりという開拓があまり進んでいない戦法を開拓するに至っている。 相掛かりブームは、馬車道駅定跡の時代を考えると、ブームが来ては去り、またブームが来て去るという波打ち際のような印象がある。 それほど、色々な手が試せる戦いなのだろう。塚田スペシャルとか、今の若い人は知らないかもしれない。 相掛かりは、数年前まで山ちゃんがドル箱戦法として使っていたが、最近はいろんな棋士が研究するようになってしまったので、そろそろ鉱脈として枯れている感はある。

この相掛かりの鉱脈を村田システムは掘り続けている感じだ。 実際、角道を開けなければ、矢倉も、角換わりも、横歩取りも、全部拒否することが出来る。 しかし、角道を全く開けない嬉野流と違って、後から開ける含みを残しているのが村田システムの違いで、よりプロ向きに精錬されたシステムである事が伺い知れる。 このシステムが流行るかどうかは、今後楽しみであるが、ある程度流行る気がする。 なにせ、藤井七冠相手にあそこまで有利を推し進める事が出来るのなら、トッププロがこぞって採用するに違いない。

最後に

平成時代の将棋と、令和時代の将棋を比べると、今の精錬度合いが桁違いで正直ゾッとするほどの難しさを感じている。 素人ではカバーしきれない範囲の定跡をプロは皆研究し、研鑽して、己の血肉としている。 一応、コンピュータを使うことで、素人でもプロ並みの知識をつけられるようになったが、それでもより深く潜るという点では、プロに一日の長がある。 練習量や勉強量でカバーするには、プロ同然の生活を送ればあるいは、という感じだ。

振り飛車は、現在不利飛車と呼ばれるほど、評価値的には厳しい立ち位置にいるが、居飛車の戦法も評価値的には色々と厳しい立ち位置にいる。 現在一番先後共にフラットなのは相掛かりだけというのは、なんとも凄い時代になってしまった。

どこかで読んだのだが、加藤一二三九段は、勝率 3 割だっとしてもその戦法を使い続けますと言い、実際に指し続け、先手矢倉における3七銀型を確立させた。 今後、生き残る戦法はそれくらいの信念を持って指し続けて、なおかつ勝ち続けない限り、残らないのでは無いだろうか。 村田システムも、もしかしたら勝率 3 割の戦法なのかもしれない。しかし、村田六段が指し続けるならば、戦法として生き残るだろう。

*1:駒が取れて一見有利に見えるけれど、その駒を取ると逆転するような駒、あるいは手の事。将棋用語。

第 81 期順位戦総括

第 81 期順位戦総括

第81期順位戦総括

波乱万丈に満ちた 81 期順位戦が終わったので、昨年同様に総括を書きたいと思う。

A 級

A 級は、広瀬八段と藤井竜王プレーオフとなり、最終的に競り勝ったのは藤井竜王だった。 先日、六冠にもなり、ますます強くなっているのを実感する。 まだ、20 歳なのでこれから伸びていく時期。 それなのに、頂点に到達しようとしている。もう完全に次元の違う強さを身に着けてしまったように感じる。

これまでの対戦成績から考えても、渡辺名人との相性は抜群に良く、一方的に殴り勝ってしまうという未来が見受けられる。 恐らく、4 勝 1 敗くらいな感じで名人位を奪取するのではないだろうか。 そうすると、残るのは王座だけ。すでにグランドスラムも達成し、後は八冠制覇を残すのみ……だろうか。

対象的に、降級は、糸谷八段と佐藤康光九段。これにより、羽生世代が全員 A 級から駆逐された算段になる。 羽生世代の底力を感じつつも、次世代が徐々に台頭しているとも言える。 A 級がここまで若返るのは本当に久々なのでは無いだろうか。 後年振り返って、81 期 A 級は将棋の歴史におけるターニングポイントだったと語れるかもしれない。

B 級 1 組

B 級 1 組は最終的に、佐々木勇気七段と中村七段が昇級する事になった。 佐々木七段、いやもう八段と呼ぶべきか。最終戦は、苦手としていた屋敷九段を下しての昇級なので、文句なしの昇級と言えよう。 昨年の四連敗からの足踏みは、本人も相当に応えたと思う。とは言え、今期はかなり気合を入れて順位戦を戦っていた事がわかる。 負けた勝負もギリギリの戦いの上での負けだったので、内容が良かった。非常に充実した一年の戦いだったのでは無いだろうか。 A 級に上がったとしても、そのまま名人挑戦に名乗りを上げる、そんな予感すら感じている。

中村七段もとい、八段はかなりギリギリの昇級だった。 勝ち星をきっちり稼げたのにも関わらず、最後の最後で追い込まれた。 羽生九段に負けた時は、昇級を逃したと感じたそうだ。 性格的に勝負師というより、エンターテイナーとしての側面が高く、どうしても今ひとつ突き抜けられなかったが、今期は色々と幸運も重なり、昇級出来たという感じだ。 これもまた、彼が持つ「星」なのかもしれないと感じるような物語だ。 即 B1 に戻ってくるかもしれないが、A 級に上がれるのは限られた人だけなので、彼もまた、限られた人の一人だったと言える。 現役 Youtube 棋士として最高峰である事は、十分に宣伝効果があり、将棋の普及という面では非常に多くの役割を担っている。 成績以外でも本当に頑張っているので、爪痕を何かしら残す、そういうシナリオを見てみたいと思っている。

降級するのは、久保九段、丸山九段、郷田九段。 丸山九段は 1 期での出戻り。久保九段と郷田九段はついに落ちてしまったかという感じ。 特に今期の郷田九段は相当に順位戦の成績が悪い。これは加齢による衰えなのか、それとも若手の台頭と観るべきか。 将棋の内容からすると、若手の台頭が著しいと言ったほうが良いだろう。 このブログを書き始めた頃から、その芽吹きを感じていたが、ここ数年は特に若手の成長を感じる。 今後も、こういう入れ替えは生じて行くだろう。 順位戦は、実に残酷な現実を突きつけてくれる。

B 級 2 組

B 級 2 組に関しては、前回書いた通り、昇級者は変わらず。 そして、降級する人もいない。 一番の痛手は、中田宏樹八段の逝去だろうか。 いぶし銀の先生がいなくなるのは、本当に悲しい。

C 級 1 組

波乱万丈に満ちた C 級 1 組は石井六段、青嶋六段、渡辺和史五段の三人が昇級となった。 直前まで全勝で突き進んでいた伊藤匠五段は最終戦で負けて、順位差で頭ハネを食らうという劇的な結果になった。 C 級における 1 敗の重みと、下位の棋士の不利さが骨身に染みて感じているだろう。 もっとも、藤井竜王も C1 で同様の足止めを食らっているので、ノンストップで A 級に行ける人はそうそういない。 伊藤匠五段には今回の結果に挫けずに、ぜひとも来期も昇級を狙って欲しい。

C 級 2 組

C 級 2 組は、既に昇級が決まっていた服部五段、斎藤五段に続き、古賀四段が名乗りを上げた。 古賀四段は、フリークラスからの初昇級という事で、これもまたすごい記録である。 今の奨励会三段リーグは、次点 2 回からフリークラス編入が可能になっている。 今後、実力のある若手の昇級ルートが開拓されたのは良い傾向である。

それにしても、C 級 2 組は昇級ラインが 0 敗あるいは 1 敗しか許されていないのは相当に厳しい。 実力にばらつきがあるからこそ、こういう成績以外は上がれない状況になっていると言える。 公平性に欠けると感じるが、しかしこれもまた勝負の世界なのだと思う。

来期の見どころ

来期に関しては、大橋七段が連続昇級を決めるかどうかが注目ポイントになると思う。 実力者である大橋七段が C2 に留まっていたのは、七不思議の一つだったが、一旦昇級してからはあっという間だった。 後は、C2 でくすぶっている佐々木大地七段、梶浦七段、八代七段あたりにも上がって欲しいというのが観る将さん的な素直な感想だ。 光瑠に関しては諦めた。

順位戦の総括を書き始めて 3 年目。台風の目である藤井竜王が突き抜けてからは、嵐になる場所がないというのが正直なところ。 順位戦 Watch は毎年毎年適当な事を書きつつ、自分の記憶の補助にもなっているので、実は書いていて楽しい。 観る将という気楽な立場だからこそこういう事を出来るのであって、指している人たちからすると、野次馬が適当ぬかしてるんじゃねーと怒り心頭かもしれない。 その点はどうか許して欲しいと願いつつ、また来年も頑張って書こうかなと思っている。

第 81 期順位戦昇級予想

第 81 期順位戦昇級予想

順位戦が一通り終わり、昇級予想の時期になってきた。 既に何人かは昇級が決まっているが、それを含めて記載していきたいと思う。

A 級

藤井五冠が永瀬九段に負けた事で、現在広瀬八段と藤井竜王が 6 勝 2 敗で並んでいる。 快勝街道を突き進んでいるかに見えた藤井五冠だが、現在いくつかのタイトル戦を並行して行っている分疲れが出ているのか、ここに来て負けをいくつか積み上げてしまっている。 当然ながら、対戦相手も超一流なので、常に勝ち続けることが不可能なのは当然だ。 それでも、藤井五冠の精度の高さを見ると誰にでも圧勝してしまうという錯覚すら感じてしまう。 とは言え、やはり彼も人間。どこかでミスをするとそこから逆転するのはかなり難しそうだ。 もちろん、対戦相手が一流の棋士だったらまくられている可能性がある追い込み方をするので、リードしたとしてもそう簡単には勝たせてくれない。

とは言え、順位戦での挑戦者候補としてはやはり、藤井五冠を挙げたい。 可能性としては複数人でのプレーオフも十分に考えられるが、今のところ負け数が少ない広瀬八段と藤井五冠が有利なのは明白。 そして、プレーオフでの直接対決をするという形になった場合、期待値としてはどうしても藤井五冠の方が高いので、挑戦者には藤井五冠が名乗りを挙げるのではないかと予想する。

B 級 1 組

実は、前回で昇級者が決まると思っていた B 級 2 組だが、ここに来て待ったが掛かった。 理由は単純で、中村七段が澤田七段に負けたからだ。 これにより、最終局次第では昇級出来ない可能性が出てきてしまっている。 ちなみに、昇級可能なのは

の三人であり、誰が昇級したとしても、A 級八段が 2 人生まれる。 誰が上がってもおかしくないが、中村七段がやや不利だと思っている。 なにせ、最後の対戦相手が羽生九段だからだ。 知っての通り、ここ最近の羽生九段の充実具合は非常に高く、藤井五冠を完封するような差し回しを見せているので、全盛期を彷彿とさせる完璧な将棋を指しているからだ。 今期の順位戦は現在 4 勝 6 敗とやや振るっていないが、これは AI のラーニングが終わっていない時の成績が含まれているので、今の状況とは全く違う。

中村七段と羽生九段は同じ八王子道場出身であるため、練習将棋の機会も何度かあったと思われる。Abeme トーナメントでも一緒だったので練習する機会もあった。つまり、お互いにどういう将棋を指すのかある程度手の内はわかっている算段になる。 こうなると、あとはどれだけ充実しているかの差になる。

中村七段は、今期順位戦に特化して、本気で A 級を取りに行っているのが分かる。 強敵相手にきっちりと白星を重ね続けているので、最終戦も死にものぐるいで戦うに違いない。 羽生九段は誰に対しても本気で指すので、3/9 の B 級 1 組の順位戦では死闘が見れるに違いない。

さて、残る佐々木七段と澤田七段だが、順位の関係上澤田七段がやや不利。 どちらにせよ勝たなければ昇級が出来ないし、対戦相手次第だが、不運な事に、佐々木七段の相手が降級が掛かった屋敷九段。 天才屋敷九段が降級を避けるために、めちゃくちゃ強い将棋を仕掛けてくるのは間違いないだろうし、そもそも昨年佐々木七段が A 級に上がれなかったのは、屋敷九段に負けてからだったので、ある意味因縁の戦いと言える。 この壁を超えない限り、佐々木七段の A 級昇級が見えないのは、ある意味ドラマチックと言える。 観る将さん的には、とてもおもしろい戦いだと注目している。

澤田七段はとにかく、勝つ事。それしかない。あとは天運に任せるのみ。 相手が三浦九段の上、後手番なのでかなり厳しい戦いになるだろう。

個人的な希望を加味して、中村七段佐々木七段を昇級候補としたい。

B 級 2 組

実は B 級 2 組は昇級者が全員決まっている

の 3 人だ。 まず、大橋七段に関してだが、実力者と言われていながら、中々 C 級 2 組から昇級する事が出来なかった一人。 しかし、一旦上がってからは連続昇級を続けている。順位戦は勢いも大事なので、来期の A 級昇格候補として挙げておきたい。

増田七段も実力者として名が知られている。 昨年はちょっとだけ足踏みしたが、最終戦を残して B 級 1 組に上がったのはさすがと言える。 B 級 1 組に上がれば超一流の棋士の証。 いつ上がってもおかしくない棋士だったので、この昇級は期待通り。

木村九段は、昨年 B 級 1 組から落ちたがすぐに復帰。さすがの粘り腰。 今期も 2 敗しかしていないのは、B 級 2 組では頭一つ抜けていると言える。 最終戦が先日亡くなった中田宏樹先生だったので、最終戦を待たずに不戦勝が加えられる事となった。 来期の B 級 1 組でもきっと高勝率を挙げてくれるに違いない。

C 級 1 組

C 級 1 組は大混戦模様になっている。

の五人に可能性がある。 渡辺五段と都成五段は最終戦で直接対決があり、勝ったほうが昇級可能性がある。 他の上位 3 人に関しては、色々複雑な条件になっている。 条件は複雑だが、伊藤五段と石井六段がやや有利。 勝てば文句なしに昇級なので、全員ひたすら勝つことだけを考えれば良い。

昇級候補は悩ましいが、個人的な希望を入れて、伊藤五段石井六段都成七段を挙げておく。 一番ドラマチックな昇級はこれかな、という感じ。

C 級 2 組

C 級 2 組は 2 人昇級者が決まっていて、

  • 斎藤明日斗五段
  • 服部慎一郎五段

は最終戦を待たずに昇級する。 残りの 1 枠を

  • 古賀悠聖四段
  • 杉本和陽五段
  • 梶浦宏孝七段
  • 佐々木大地七段

が争う形になる。 特に、杉本五段と佐々木七段は直接対決なので、どちらも勝てば昇級の可能性、負ければ保留という事で、お互いに気を抜けない戦いになる。 敗数の関係上、古賀四段が有利であるが、1敗すると順位の関係で昇級は不可能になる。 そして、最終戦は今泉健司五段。今期も直前まで昇級候補だったが、石田五段に負けた事で昇級レースからは降りてしまったが、来期のことも考えて、手を抜かずに戦うに違いない。 経験値の差と思いの差がどう決着が付くか分からないが、気持ちの面では今泉五段の方が勝っているような気がする。

個人的には、佐々木七段が上がると面白いなと思っているが(面白がるな)、漁夫の利的に梶浦七段が上がりそうな気がしている。 順位的にはそういう一番気楽(気楽ではないが)なポジションにいる方が却って良い結果をだせたりするものだ。

という事で、最後の人枠には梶浦七段を挙げたい。

総括

という事で、今年も無責任な昇級予想を書き綴った。 自分の予想は基本的に当たらないのだが、敢えてこの時期にこういうのを残しておくのがあとで見返した時に、当時の記憶を思い起こすのに役立つので、この予想記事は今後も書き続けていきたいと思う。

完全に蛇足な余談

今の時期、やはり一番の注目は、藤井-羽生の王将戦だろう。開幕までは羽生九段が四連敗するみたいな悲観的な予想が多かったが、蓋を開けてみるとびっくり、2勝2敗の大接戦に。 羽生九段が敗れた第1局、第3局も積極的な差し回しをしていただけに、内容的には完全に羽生九段が押している将棋になっている。 藤井五冠はミス無く指すことで勝ち星を拾っているが、いつもの圧勝するという勝ち方ではなく、対策を完璧にこなしてギリギリ勝ったという薄氷の勝利に思える。 それくらいの拮抗した勝負になっているのは、正直意外な感じがする。 羽生九段が AI の癖のようなものを看破し、そこに自身の経験と読みを積み重ねて勝負している、そんなシリーズになっている。

前の記事で、全部名局シリーズになると書いたが、もしかしなくても全部名局になる可能性が高い。 藤井五冠も、タイトル戦を並行して行なうのと、A 級順位戦が控えているので、ここ数ヶ月は対局数も大分多くなる。 まあ、そもそも各棋戦で勝ちまくっているので、その分対局日程が被ってしまうのは致し方がないとは言え、疲れが見え隠れする将棋が増えたような気がする。 もちろん、そういった状況の方が充実していて、本来以上の強さが引き出されるのは歴史が物語っているので、ここから、藤井劇場が開幕してとてつもない記録が残ったとして、僕は一切驚かない。 羽生九段が、かつて、七冠王になった時の空気感によく似ている。 様々な期待が渦巻いている状況で、最高の棋士が最高のパフォーマンスを見せてくれる、そういう空気感だ。 対戦相手にも注目が行く。 以前は、谷川先生がその立ち位置だった。今は羽生先生がそうしている。 歴史に刻まれるに違いない棋戦を実際に目撃出来る歴史証人として生きていられるのは本当に幸せなことだと僕は思う。 いい時代に生まれた。 将棋を観るだけなら、ね。

第72期王将戦は、名局シリーズになるかもしれない

第72期王将戦 第2局感想

第72期王将戦第2局
第72期王将戦第2局

昨日、第72期王将戦の第2局が終わった。 先手の羽生善治九段が、藤井聡太王将を降して、1勝1敗のイーブンに持ち込んだ形になる。 前評判ではストレート負けになるのではないかと言われていたが、羽生九段が意地を見せた。

さて、本局に関しての簡単な感想を書こう。 先手が、▲8二金という奇手から上手く形を乱してリード。 その攻めをしのいだ後手が、△7七銀打ちから攻め込んだが、先手が後手の攻めを見事に受けきって勝ちという内容であった。 端的に言えば、その受け方が凄まじかったの一言に尽きる。 特に、▲5七銀打、▲4六歩、▲6九銀打ちという応酬がすごかった。 銀を好む羽生九段の底力を見せつけられた。

第72期王将戦は、名局シリーズになるかもしれない

第1局も凄まじい応酬だった。一手損角換わりを後手の羽生九段が採用し、見たことも無い盤面に引きずり込んだものの、正確に指した藤井聡太王将が勝ち切るという将棋だった。 今年度の名局賞になってもおかしくない内容で、これ以上の将棋は観ることはできないだろうと思ったのだが、2局目にして同レベルの将棋が出てきて正直驚いている。

羽生九段がここに来て、ようやくAIのラーニングを終えた結果が結実しているのを実感する。 ここ数年で、将棋AIは飛躍的に強くなった。やねうら王とDLShogiの登場により、それが加速したのは誰もが知っている通り。 正直な話、今の将棋はどこで差がつくのかほとんど分からない事が多い。 AIに掛けると評価値で多少の表記はされるものの、200点とか300点くらいの差で、理解が後から追いついてくることが多い。 そんな中で、観ている人が分かるような手、要するに派手な手を、藤井聡太王将も、羽生九段も指してくれるので、二人の将棋は観ていて楽しい。 棋力が無ければ分からない将棋ももちろん素晴らしいけれども、棋力が無くても分かる将棋はもっと素晴らしい。

第72期王将戦は、平成時代の最強vs令和時代の最強の戦いという夢の共演だ。 挑戦者である羽生九段が自身が持つ全てのカードを切っているからこそ、このシリーズは全局名局シリーズになるという予感がある。

タイトル戦が全部名局になる事は、かなり珍しい事なのだが、2局を消化した現時点で、このシリーズは歴史に残る戦いになると確信していてる。 伝説の対局をリアルタイムで観ることができるのは、幸せなことだと思う。 この戦いを、将来の将棋ファンに語り継ぐことができたら良いなと考えている。

第81期 順位戦経過

第81期 順位戦経過

このブログの2022年更新はこの記事が最後である。 なんとなく書き始めた観る将ブログだが、気がつけば3年目。 少なくとも、年間8本は記事を書いているっぽいので、それを埋めるためにこの記事を書いているとも。

第81期順位戦の経過について色々書きたいと思う。

A級

気がつけば、藤井五冠が白星を積み上げている。そして、その上には豊島九段。 二人共、まだ今月分を消化していないので、その勝敗で決まるかもしれないし、決まらないかもしれない。 広瀬-豊島戦、藤井聡-佐藤天戦に注目だ。

B級1組

現状、中村太地七段が頭一つ抜けているが、昨年の佐々木勇気七段の失速のように、最後に連敗を積み重ねてしまう……という事があるかもしれない。 それに続くのが、佐々木勇気七段、山崎隆之八段、澤田真吾七段の三人。 上位勢がお互いに星を潰し合うので、現在四敗で続く近藤誠也七段、千田翔太七段あたりにはワンチャンスあるかもしれない。 今期のB級1組は実力が拮抗しているのが伝わってくる。 下位三人が落ちるようになってから、B級1組の激戦模様がますます激しくなった。 そして、力も拮抗している、そんなイメージを感じる。

B級2組

傷無しの大橋六段が昇級を決めそうだ(小並感)。元々実力のある棋士だっただけに、地獄のC2を抜けてからは余裕の連続昇級という感じがする。 続くのが、木村一基九段、増田康宏六段、佐々木慎七段。対戦相手的に、順当に勝ち進めば、大橋六段、木村九段、佐々木七段が昇級しそう。 増田六段は高見七段戦が最終局に残っており、曲者である高見七段に勝つのはかなり大変であろう。

C級1組

伊藤匠五段が傷なしでトップを走っている。残りの対戦相手で一番キツイのは船江六段。 来月の順位戦で船江六段に勝つことができれば、昇級へぐっと近づく。 順位的には不利な位置にいるので、一敗も出来ないのが、伊藤匠五段の辛い所。 残りの二枠は正直誰が入るか分からない。 二敗勢までチャンスがあるので、相変わらず十人以上が昇級を巡る厳しい棋戦となっている。 今期の順位戦で一番先が読めないのが、このクラスかもしれない。

C級2組

現在トップを走っているのは、服部五段、斎藤明日斗五段、古賀四段の三人。上位勢のつぶしあいは無いので、純粋に勝ち進めばこの三人で決まるだろう。 最近のC級2組は全勝以外昇級出来ないみたいな雰囲気があり、ここを抜けるのは本当に厳しい戦いをしているんだと感じられる。

余談ではあるが、堀口一史座七段が、先日順位戦で久々の白星を上げて、八段昇段を決めた。 病の事があり、色々と大変だと思うが、それでも八段に到達したのは素晴らしい記録である。

第72回奨励会三段リーグ

今期は次点持ちの三人が上位を占めている。 実力者が突っ走っているが、この内昇級出来るのはたったの二人。 三段リーグは四敗までチャンスがあるので、現時点では誰が昇級するのか予想する事は難しい。 注目棋士はやはり中七海三段だろうか。現在六勝二敗で、六位に付けている。 どうしても初の女性棋士誕生を期待している観る将さんとしては、ここから勝ち進んで欲しいと願ってしまう。

総括

あと二週間もすれば、2022年も終わる。 2022年の将棋界は、藤井五冠の躍進を中心に進んだと言っても過言ではないだろう。 順位戦は、一年を通じて戦う棋戦であり、毎月目まぐるしく順位が変わる。 今年も様々なドラマが生まれている。 来年もまた、能天気な昇級予想をしていくつもりである。

2022年における、直感について

直感について

将棋において、「直感」は様々な場面で出てくる要素である。 「長考に好手なし」という格言があるように、長く考えるよりも、直感で思いついた手が最善手だったという局面はよくある話しである。 では、その直感の正体とは何なのか。

直感の定義

言葉の定義で調べると、例えば

(直感)https://kotobank.jp/word/%E7%9B%B4%E6%84%9F-569497

説明や証明をまたないで、直ちに物事の真相を心で感じ取ること。直観。 推理・考察などによるのでなく、感覚によって物事をとらえること。「直感が働く」「将来結ばれる運命であることを直感した」

と定義されている。 論理的思考ではなく、心や感覚である回答を捉える能力の事を直感と言っている。 敢えて、ここでは「ある回答」という風に表現させてもらった。 直感で「正解」にたどり着かない事もあるからだ。 しかし、往々にしてプロ棋士は直感で正解にたどり着くことが多い。 それはなぜなのか。

いくつかの記事を読むと、プロの直感は、我々が感じる直感とは違うものである事が分かる。 例えば、

どうしてプロ棋士は直感力が優れているのか【子供たちは将棋から何を学ぶのか】

では、

繰り返しのトレーニングが直感を生み出す力を作る

と表現されている。 つまり、子どもの頃から地道に将棋の知識を積み上げていく事で、その局面における最適解を読まずに見つけることが出来るという能力だという訳だ。 これに関しては、プログラマである自分には非常によく分かる感覚だ。 問題解決のための手段を考える時に、直感的にこうすれば良いという答えが「降ってくる」事がある。 コード部分は思いつかなくても、こういうインプットとアウトプットにすれば解決するな、等と即座に判断出来たりする。 答えの方が、途上よりも先に出てくる。 そういう問題解決能力は「直感」と言っても過言ではないだろう。 プロ棋士の場合、それが盤面の解決に偏っているだけで、多くの人は多かれ少なかれ「直感」は持っているに違いない。 あとは、その人がその分野にどれだけ興味を持っているか、次第ではなかろうか。

直感に関する記事

ちなみに、直感をキーワードに調べていたら、面白い記事を見つけた。

将棋プロ棋士の脳から直感の謎を探る ←リンク先はPDFなので注意。

ここでは、直感=小脳が行う予測という過程が立てられている。 MRI等で、脳の動きを測定した所、アマチュアよりもプロの方が、小脳の活動領域が狭いという結果が出ている。 これは、熟練した脳が余計な思考をしなくなり、即座に結論にたどり着けるようになっているからだと推測されていた。 実際、筋は通っているし、納得感も高い。 「下手な考え休むに似たり」という格言が、この結果との一致を物語っている。

ただ、この記事は2008年の記事なので、14年前の記事。流石にいくつかの内容が古くなっている。 例えば、昨今のAI発達により、コンピュータが人間が指示した通りの情報処理が出来なくなるという表現は不正確になった。 Deep Learning手法が発達し、人間の指示を超える結果をコンピュータが導き出せるようになったのは、記憶に新しい。 コンピュータ将棋に関しては、2016年がターニングポイントになったと思う。 それまでは、人間とコンピュータはほぼ互角というイメージがあったが、この頃からコンピュータ圧勝というイメージが形成されている。 一番は、やはり三浦九段がコンピュータ相手に負けたのが決定打になったと思う。 その翌年には、AlphaZeroが登場し、以後Deep Learningを用いた学習がコンピュータ将棋の主戦場となっていくが、この辺は詳しい人にまかせておこう。

直感の正体に関しては、この記事も興味深い。

プロ棋士・羽生善治が語る“直感の正体”。将棋で「長考に好手なし」と言われる理由とは

羽生先生の直感力を紹介する記事だが、概ねこの記事で扱った内容に近いことが書かれている。 自分の主張も同様で、直感は後天的に鍛え上げた物であり、余計な思考を排除したものが「直感」という形で顕現しているというものだ。 故に、直感「力」は磨くことが出来るというのが自説であるが、大人になってからこれを磨くのはかなり大変だなというのが正直な感想。 自分が長く携わってきた事ならばともかく、新しい分野に関して直感力を磨くのは凄く難しいだろう。 観る将になってからは、将棋の直感力も大分落ちてしまったし、現代将棋の感覚にアジャスト出来ていない所はある。

余談

余談なのだが、最近角換わり腰掛銀の同型を見かけなくなったのが、富岡流の登場によりだと思ったのだが、どうもその後に出た、塚田流がさらにシンプルに仕掛ける事が出来て、後手難しいという結論に至ったという動画を見て、なるほどなー、となった。 先後同型は、後手不利という結論が出るまでにいろいろなドラマがあるが、そこに到達するまでにいろいろな定跡が生まれては消えたのかと考えると、プロの研鑽には頭が下がる思いであある。 ちなみに、塚田流が出るまでは、コンピュータ将棋の影響はほぼ無かったが、それ以降に出てきた形(△6二金・△8一飛型)が出てからは、コンピュータによりかなりの手数が研究されている。

先日の、藤井聡太-伊藤匠戦でもこの形が出て、後手の伊藤匠五段が凄い追い込みを掛けて藤井五冠を追い詰めていた。 それくらい、この戦型は研究されていて、「直感」ではどうにも戦えないというのが令和の将棋という感じがしている。

直感力があるには越したことがないのだが、プロの棋譜は、直感でどうこう出来るレベルではなくなっているのが現状で、平成時代の将棋すら甘く見えてしまうほど、令和将棋は苛烈になっているなと感じる。

王将戦 挑戦者決定リーグ戦を振り返る

第72期 王将戦 挑戦者決定リーグ戦が終わった

第72期王座戦挑戦者決定トーナメント結果

第72期王座戦挑戦者決定リーグの全行程が終了した。 最終的に挑戦者として名乗りを上げたのは羽生善治九段。

近年はタイトル挑戦者になる事も少なかったために、感動もひとしおだ。 何よりも、対戦相手が藤井聡太五冠という事で、将棋ファンでない人にとっても話題性のある棋戦と言えよう。

さて、全行程が終わったので、棋譜をざっと並べ直して見た。 対羽生戦のみの記録を淡々と記述したいと思う。

対服部四段戦

新進気鋭、リーグ初参加の服部四段とは、羽生九段先手の将棋に。 相掛かり模様の出だしからお互いに飛車を振り回す大胆な立ち回りに。 途中までは服部四段が上手く指していたが、62手目の3七銀で体勢が入れ替わった。 1九の馬が完全に働きを失っていたのが痛かった。 8六飛、2七香、3九金の手順は、お手本にしたい手順で、後手の銀を完全に遊ばせることに成功した。

対糸谷九段戦

難敵、糸谷九段とは羽生九段後手の将棋に。 角換わりの出だしから、後手番の羽生九段が積極的に桂馬を跳ねて形を決める。 その後ねじり合いが続き、途中まで糸谷九段を仕留めたかに見えたが、玉の早逃げを決めさせてから妙に詰みにくい形に。 羽生九段リードの終盤の入り口から互角にまで押し戻すことに成功。 その後、一進一退の攻防が続き、お互いに決め手に欠ける中、羽生九段がジリジリと糸谷九段の攻め駒を責めて焦らす展開に。 最後は、守備駒として使っていた龍の押し売りで金を奪い取り即詰みに討ち取った。

対近藤七段戦

近藤七段は若手ながらも、すでにB1⃣に到達している強豪。 順位戦をノンストップで駆け上がっていたが、B1で急ブレーキ。 とは言え、実力は折り紙付き。 対近藤七段戦は羽生九段後手で、最近珍しい横歩取り模様に。 横歩取りは、青野流が出てから激減したものの後手番の羽生九段に何か作戦がある模様。 どこまでが研究だったのか分からないが、角と飛車を見捨てて、さらに金まで相手に渡して有利になるとは謎すぎる。 決め手になったのは78手目の5七龍。無駄なく攻める横歩取りらしい決め手で、見ていて震えた。

対渡辺名人戦

強敵渡辺名人はこの王将リーグでも振るわず、リーグ陥落してしまった。 正直、今回は不出来な内容だった。 先手渡辺名人からの対近藤戦と同じ出だしから、先に角を交換する形に。 左辺でのねじり合いを、羽生九段が綺麗に捌いて完封。 羽生九段の中押し勝ちで終わった。

対永瀬王座戦

軍曹のあだ名で親しまれている対永瀬王座戦は、羽生九段後手で、角換わり腰掛け銀戦に。 お互いの研究勝負から、ギリギリの終盤戦に。 永瀬王座がわずかにリードしていたが、後手の2八銀という勝負手に3三歩と指した手が痛恨のミスに。 金を歩で攻める効率の良い攻め筋だったが、終盤では速度を重視すべきだった。 2八銀を足がかりに3七金と抑えてからの、3三同金で一見先手勝ちに見えたが、3二歩、2二歩の連打で先手の攻めを凌ぎきって勝ち。 とてつもない勝ち方だった。

対豊島九段戦

全勝が掛かった対豊島九段戦。 先手羽生九段で角換わりの出だしながら居玉で桂馬を跳ねていく。 序盤で王手飛取りを豊島九段が仕掛けるが、1七角を見落としていたため、純粋な銀損に。 豊島九段らしからぬ将棋になってしまった。 見落としは誰にでもあるが、一番重要な戦いでやらかしてしまったのは、ダメージが大きいだろう。

すべて振り返ってみて

振り返ってみてみると、羽生九段が絶好調というよりも、他の棋士がミスをしてしまったという将棋が多かった。 しかしながら、そのミスを全てとがめているのが、全盛期の羽生九段を彷彿とさせる。 最近の棋士は本当にミスをしない棋士が多いし、王将戦リーグに残っている棋士はみんなレベルが高いから、ミスをとがめるのも簡単ではない。 また、粘り腰の強い棋士も多いため、勝ち切るのは難しい。 そんな中で、相手を切って落とす勝ち方をしているのは、さすがの羽生九段というべきか。

対永瀬戦、対糸谷戦で見せた強さが発揮されるならば、藤井聡太五冠との勝負も楽しめるに違いない。 問題は、藤井聡太五冠がミスらしきミスをほとんどしないって所……。 お互いミスをしない場合は、順当に先手が勝つというのが現代将棋なので、手番は重要。

初戦は来年の1月8日から。 どういった戦いが繰り広げられるのか非常に楽しみである。